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「夫の残した薬局を引き継いでもらいたい」
妻の想いを汲んだのは、全国展開のホールディングスだった

花束贈呈の様子(左:E-BONDホールディングス米川副社長、右:小林薬局グループ小林社長)

島根県奥出雲町は、中国山地に抱かれた人口1万人あまりの小さな町。過疎化・高齢化の進むこの町で薬局を経営するのが小林薬局グループだ。有限会社小林薬局(調剤薬局3店舗・一般医薬品販売2店舗)と、有限会社フジ(調剤薬局2店舗・一般医薬品販売1店舗)の合計8店舗が、地域の医療を支えている。 グループ代表だった小林正治氏の急逝に伴い、妻の和子氏が事業の譲渡を決意。日本医療総合パートナーズの仲介により、株式会社E-BONDホールディングスへのM&Aが成立した。わずか3カ月という短期間での譲渡を成し遂げた、小林和子氏に話をお聞きした。

小林薬局について教えてください。

小林薬局の経営理念は、地域密着・地域貢献・地域完結型の薬局を目指すことでした。「地域密着」とは、主人が育ったこの地に密着すること。「地域貢献」は住民の保健・医療・福祉などのニーズに対応すること。

そして「地域完結」は、地域の課題のひとつを解消することでした。奥出雲町はお店が少なく、隣町まででも約30分〜1時間かかります。少なくとも薬に関しては町内で手に入るように、一般医薬品、健康食品や漢方などもひと通り揃えていました。

店舗が8つに増えたのも地域のため。薬剤の仕入れ、薬剤師のやりくり、薬情報の一元管理をスムーズに行える、というメリットを追求した結果でした。

M&Aをしようと思った理由は?

夫が亡くなったのは2020年10月。病気で急に倒れて、そのまま帰らぬ人となりました。大きい会社とはちがい、すべてを主人ひとりがやっていたので、私は「いずれ主人が続けられなくなったら会社をしっかりと経営できる企業に譲ろう」と考えていました。

娘が2人いますが、長女は結婚して東京にいて、次女は大阪で薬剤師として働いています。2~3店舗なら引き継げても、8店舗は大変だろうし、継がせたくありませんでした。経営以外にも薬剤師の管理などに苦労している夫の姿を見ていたので、私にも出来ないと思いました。 しかし奥出雲町唯一の薬局でしたので、廃業するわけにはいきません。幸い過去10年間赤字決算なしでしたので、譲り先は現れると信じていました。M&Aについては、いろいろ勧誘のDMが届いていたので知っていました。

ご主人はどんな方でしたか?

薬学部を卒業して、製薬メーカーに7年ほど勤務しました。年老いた両親の希望で、奥出雲に近い米子と松江で一般用医薬品の販売を約1年半経験。その後、家から通勤できる奥出雲病院(旧仁多病院)に、薬剤師として22年間勤めました。

平成14年に早期退職して門前薬局をすることになり、19年間頑張りました。「地元出身者として、やらざるを得ないという使命感」からだったと思います。これからの薬局は「面倒みてなんぼ」の時代になってきたと言ってましたよ。 主人は悩みを抱えた人が「小林さんなら」と頼ってくるような「人に優しい人」でした。忙しいのにいつも数人の患者さんの話し相手を務めていて、30分以上電話で「うん、うん」と聞いていましたね。

奥さまもお仕事されていたんですね。

はい。昭和57年に結婚して、義父の小林利一が1931(昭和6)年に始めた「小林薬店」を引き継ぎました。そもそも「薬店をやってくれる人」ということで縁談がきて、お見合いしたんです。薬剤師の資格は持っていましたが、商売なんてしたこともありませんでした。

私の代になってから店のレイアウトを変えたり、売り出しのチラシを配ったり。お客さま相手の仕事なので、自由な時間がとれなかったのがつらかったですね。出雲市から、まったく縁のない土地に嫁いできましたが、店にはいろんな人が来られるので、すぐに知り合いも増えました。

日本医療総合パートナーズとの出会いは?

周囲の人からは「都会の会社には気を付けなさい。だまされないように」と言われました。でも私は都会でも田舎でも、人間のすることにちがいはないだろうと考えていたんです。 

大阪にいる娘が就職のときに、お世話になった方に紹介してもらったM&Aの仲介会社3社に依頼しました。M&Aってお見合いのようなもの。私と日本医療総合パートナーズさんは、相性がよかったのでしょうね。担当の松尾さんは、約束の時間はきちんと守るし、言葉遣いもていねい。親しくなっても決して馴れ馴れしくならない。しかも熱心、というところに好印象を持ちました。

M&Aの仲介会社は、困っている経営者にとって心強い存在です。主人は会社を娘たちに継がせたかったようですが、今ごろ天国で「しかたないな。けどよくやってくれた」と言っていると思います。

どんなことが一番たいへんでしたか?

M&A成立までは、薬剤師たちには内緒にしていました。主人が亡くなった後、「奥さんが続けてください。協力しますから」と言ってくれていたのに、結果的にウソをついてしまいました。

地方の薬局で一番大変なのは薬剤師の確保。M&Aの前後で薬剤師が2人辞めましたが、すぐに新会社から代わりの人を送ってもらえて助かりました。

事務処理もたいへん。提出する書類関係もややこしくて。松尾さんたちが2カ月かけて、昼も夜も一生懸命やってくれました。ここ数年は私も経営を手伝っていたので、要求された資料がスッと出せたのがよかったと思います。それがなかったら半年はかかっていたでしょう。

トラブルがあれば、すぐに松尾さんに相談。E-BONDホールディングスさんからも、私の対処の仕方に賛同していただけて心強かったです。周囲の反対はありましたが、M&Aをしてよかったと思っています。

これからはどう過ごしたいですか?

今は新会社の相談役という立場で、本店をひとりでやっています。私に負担をかけないように、好きなときに辞めてもいいと約束してもらっています。ようやくゆっくりできると思っていたのですが、店舗兼住居のリフォームをすることになり、今は解体のための片付けに追われています。

忙しいけど、次々と目標があったほうがいいとも思います。8月は初盆、10月には命日。個人的な相続についてもこれからです。これまでは子育てや仕事が忙しくて料理をしてこなかったので、新しいキッチンでレシピを見ながら料理に挑戦してみたいですね。

今回E-BONDさんに株式譲渡しましたが、薬局の看板もそのままなので、町の人はご存じないと思います。ドクターたちも「今までどおり営業できてよかった」と快く協力してくれています。

E-BONDホールディングスさんは、全国展開を目指している調剤薬局の会社です。こちらの条件や意図を汲んでくれたので、信頼できるなと感じました。社長様も苦労人で、ヒアリングのためにこんな遠くまで来てくれる意欲にあふれた方なので安心しています。これからは私も、地域の一員として「小林薬局を見守っていきたい」と思います。

今回のM&Aは、ほぼひとりで経営を担ってきた夫の急逝により、地方の薬局グループを譲渡した事例。売り主である夫人の希望は3カ月以内に譲りたいということ。このミッションに応えるため、担当の松尾は奥出雲町へ片道3時間半の道のりを何度も通った。

和子氏はM&Aを「お見合いのようなもの」と表現する。売り手、買い手、仲介者の縁。そして信頼。幸い経営は順調で赤字もなかったため、全国展開の薬局チェーンに譲渡することができた。地域の医療を担う調剤薬局としての責任を果たすことができ、残された家族も胸をなでおろしている。